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大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)51号 判決

大阪府堺市深井水池町三三五八番地

原告

小林武次

右訴訟代理人弁護士

中西裕人

岡崎守延

同市南瓦町二-二〇

被告

堺税務署長

内田喜一

右指定代理人

森本翅充

足立孝和

石井出澄

中村嘉造

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五七年一月一三日付で原告の昭和五五年分の所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し、国税不服審判所長の裁決によつて一部取消された部分は除く。)のうち所得金額一四一万八七五九円を超える部分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、タイル貼り工事業を営むものであるが、昭和五五年分の所得税について、別表一の確定申告欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は、別表一の更正欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分を「本件処分」という。)をした。

2  そこで、原告は、昭和五七年一月三〇日、被告に対して異議申立をしたところ、被告は、同年四月三〇日付で異議棄却の決定をしたので、原告は、さらに同年五月二一日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、昭和五八年二月二五日付で本件処分を一部取消し、別表一の裁決欄記載のとおりの裁決をし、右裁決は、そのころ原告に送達された。

3  しかし、本件処分(但し、裁決により一部取消された部分は除く。以下、同じ)は、手続的にも内容的にも違法である。

(一) 我税法は申告納税を原則としており、納税者自身の申告を排斥して推計によつて課税をなすが如きは真にやむを得ない場合にのみ例外的に許されるにすぎないところ、原告がなした確定申告には何らの不審点もなかつたにもかかわらず、被告は、原告が民主商工会の会員であることのみをもつて、調査理由すら鮮明にすることなく一方的に調査に及び、原告が被告の部下職員に対して昭和五三年から昭和五五年までの三年分の簡易帳簿、売上請求書控、外注支払書、昭和五四年と昭和五五年の不渡手形を提示して調査に協力したのに、原告が調査理由を明確にすることを求めたり、調査時に原告の加入する民主商工会の役員が立合つたことを理由に、直ちな反面調査を行い、一方的に推計による更正処分をしたものであり、このような手続は違法であつて、したがつて、それに基づく本件処分も違法である。

(二) 被告がした本件処分のうち、所得金額一四一万八七五九円を超える部分は、原告の所得を過大に認定したものあるから違法である。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件処分に至る経緯及び手続の適法性

(一) 被告は、原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税調査のため、昭和五六年九月九日から本件処分に至るまでの間、五回にわたり、部下職員を原告の事業所に臨場させ、原告に対し、右各年分の所得金額算定の基礎となるべき帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、無資格な第三者たる民主商工会の事務局員らの立会を要求したり、明確な調査理由の説明がなければ帳簿等の提示には応じられないとの態度に終始し、結局、帳簿書類等の提示をしなかつた。そこで、被告は、やむを得ず、原告の取引先等を調査し、その調査結果に基づいて、推計により前記各年分の原告の事業所得金額を算定したところ、各年分の原告の申告額を上まわつたので、前記各年分に係る更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(本件処分を含む。)をした。

(二) したがつて、被告の本件税務調査及び推計課税の手続には何ら違法な点はなく、また、本件において推計課税の必要性があつたことは明らかである。

2  事業所得金額

被告が主張する原告の昭和五五年分の事業所得金額は、一〇二五万四九七六円であり、その明細は別表二記載のとおりである。

3  事業所得金額の内訳

(一) 売上金額 四八四九万四九三〇円

これは、後記(二)の売上原価を原告と同種の事業を営む同業者(以下「同業者」という。)七名の昭和五五年分の売上原価率(売上原価の売上金額に対する割合)の平均値で除して算出したもので、その算式は別紙計算書1記載のとおりであり、同業者の売上金額、売上原価の内訳は別表三記載のとおりである。

(二) 売上原価 一七一九万一四五三円

この明細は別表四記載のとおりである。

なお、原告は、係争年においてたな卸を実施しておらず、また、原告の事業内容及び事業規模においても著しい変動があつたとは認められないので、係争年分の期首と期末を同額とみなして係争年分の仕入金額を当該年分の売上原価とした。

(三) 一般経費 二六九万八二九円

これは、原告が審査請求時において申立てた金額である。

(四) 外注費 一七九五万七六七二円

これは、前記(一)の売上金額に、前記同業者七名の昭和五五年分の外注費率(外注費の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したもので、その算式は別紙計算書2記載のとおりであり、同業者の売上金額、外注費の内訳は別表三記載のとおりである。

(五) 事業専従者控除 四〇万円

所得税法五七条三項の規定による法定の金額である。

4  推計の合理性

被告は、原告の本件係争年分の事業所得金額を推計するにあたり、原告と類似した同業者七名の売上原価率、外注費率の各平均値を適用したが、原告との事業内容の類似性を担保するために、右同業者としては、原告の住所地を管轄する堺税務署と、これに隣接する住吉、八尾、富田林及び泉大津の各税務署管内で、原告と同種のタイル工事業を営んでいる個人事業者のうち、青色申告書を提出しているもので、本件係争年分において次のすべての条件に該当するものを選定した。

(一) 昭和五五年分の売上原価が九〇〇万円から二五〇〇万円であること。

(二) 事業専従者給与を除き、給料賃金の支払いをしていないこと。

(三) 他の事業を兼業していないこと。

(四) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(五) 不服申立、又は訴訟係属中でないこと。

そして、右のとおり選定した七名の同業者が、所轄税務署に提出した係争年分の所得税青色申告決算書に基づいて、別表三記載のとおり、同業者の係争年分の平均売上原価率及び外注費率を求め、これを適用して原告の係争年分の所得金額を算定した。

被告が採用した前記七名の同業者は、業種は原告と同一であり、事業場所、事業規模も原告と類似しており、前記の同業者率を算出した基礎資料もすべて正確なものであるから、被告が右同業者の平均売上原価率、外注費率を適用して原告の本件係争年分の所得金額を推計したことには合理性がある。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1のうち、(一)の事実は否認し、(二)の主張は争う。

2  同2、3の事実中、後記原告の反論1、2に反する部分は争い、その余の事実は認める。

3  同4の事実及び主張は争う。

4  原告は、タイル貼りの技術を有せず、自らタイル工事に従事することができないため、他の通常の業者と異なり、受注の多寡にかかわらず、すべてを外注に出さざるを得ず、他の業者に比べ外注費率が相当高くなると思われるのに、本件の推計方法は、このような原告の業務内容の特殊性を考慮していないものであつて、合理性を欠くものである。

五  原告の反論

1  原告の事業所得金額(実額)は、一四一万八七五九円であり、その明細は別表五記載のとおりである。

2  事業所得金額の内訳

(一) 売上金額 四一六八万五九九五円

その明細は別表六記載のとおりである。

(二) 売上原価 一七一九万一四五三円

被告主張のとおりである。

(三) 一般経費 二九四万九二一六円

その明細は別表五の経費欄(1)ないし(14)記載のとおりである。

(四) 外注費 一六七八万六七六七円

その明細は別表七記載のとおりである。

(五) 貸倒金 二九三万九八〇〇円

(1) 原告は、昭和五五年五月一三日、東大阪清水建設株式会社から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、原告の振出にかかる同年一〇月三〇日を支払期日とする額面一〇〇万円の為替手形に同社の引受を受け、これを他に裏書譲渡したのであるが、同社から支払期日の決済が不可能であるので支払を猶予されたい旨の依頼を受け、右手形を買戻したが、その後、同社から何らの支払がなされないまま昭和五六年三月ころ、同社の代表者が行方不明となり、同社は倒産し、右売掛金は回収不能となつた。

(2) 原告は、昭和五五年五月三〇日、大建建設株式会社から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、同社振出にかかる同年一一月一〇日を支払期日とする額面六四万円の約束手形の交付を受けたが、同年一一月ころ、同社は倒産し、右手形は不渡となり、右売掛金は回収不能となつた。

(3) 原告は、昭和五五年六月二五日、前記東大阪清水建設株式会社から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、原告振出にかかる同年一一月三〇日を支払期日とする額面七九万九八〇〇円の為替手形に同社の引受を受け、これを他に裏書譲渡したのであるが、支払期日において、和議法二〇条一項による財産保全処分中との理由で支払を拒絶されたので、右手形を買戻したが、その後、同社から何らの支払がなされないまま昭和五六年三月ころ同社の代表者が行方不明となり、同社は倒産したため、右売掛金は回収不能となつた。

(4) 原告は、昭和五五年八月三〇日、有限会社小谷工務店から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、同社振出にかかる同年一二月五日を支払期日とする額面五〇万円の約束手形の交付を受け、これを他に裏書譲渡したのであるが、同社から支払期日の決済が不可能であるので支払を猶予されたい旨の依頼を受け、右手形を買戻したが、その後、同社から何らの支払がなされないまま昭和五六年三月ころ同社の代表者が行方不明となり、同社は倒産し、右売掛金は回収不能となつた。

(六) 事業専従者控除 四〇万円

被告主張のとおりである。

六  原告の反論に対する被告の認否及び再主張

1  原告の反論1、2の事実は否認する。

2  被告が同業者の選定基準として設定した事業規模程度のタイル工事業者であれば、事業主がたとえタイルを貼る技術を有している者であつても、営業等の仕事が多忙で実際には自らタイルを貼る暇がないのが実情である。

3  原告は、売上金額を実額で主張し、その基礎資料として帳簿書類等を提出しているが、右帳簿書類等によつては、原告の売上金額の実額を正確に把握することはできない。すなわち、

(一) 所得税法三六条は、収入金額とは、実際に支払を受けた金額ではなく、収入すべき金額である旨規定し、発生主義によることを明らかにしているが、原告提出の簡易帳簿には、工事代金を受領した日に売上計上がなされており、現金主義により記帳されているため、当該年分の売上金額を正確に把握することができない。

(二) また、右簡易帳簿は現金出納帳をも兼ねているのであるが、正確性の見地から、取引の都度記帳されねばならず、帳簿残高が実際の現金残高と一致しているかどうかの確認がなされるべきところ、原告は、請求書の控や領収証等の伝票が集まつた分だけを、一か月分、あるいは思いついた頃にまとめて記帳するのみで、帳簿残高と実際の現金残高の照合や、決算時における領収証等の基礎資料と簡易帳簿の記載内容の照合などは一切行つておらず、その記載内容の正確性には何らの裏付もない。

(三) 原告は、売上金額の立証のため簡易帳簿への記載の基礎資料として領収証の控を提出しているが、本来、冊子の状態であつた綴りがちぎられてパラパラにされており、すべての領収証の控が提出されているか否か確認できず、売上の記載漏れがある可能性を否定できない。現に、原告は、昭和五五年四月二〇日付で石原産業株式会社に対し工事代金の請求書を発行したうえ、同年七月一一日に右代金六万二九〇〇円を同社から受領し領収証を発行しているし、同年八月一一日には上田忠男から工事代金として三三万円を受領しており、浜中正直からは同年四月三日に三万円、同年一〇月二三日に一〇万五〇〇〇円を受領しているほか、樋口工務店、貴松園、上田、酒井建装、五十嵐工務店、木村建設、西尾などに対する売上があり、それらの工事代金も受領しているが、原告提出の簡易帳簿には右取引についての記載が一切なく、その領収証の控も全く提出されていない。

4  原告は、二九四万九二一六円を一般経費として主張するが、この中には特別経費として計上すべき地代家賃二七万六〇〇〇円が含まれている。被告は、原告主張額から右地代家賃を差引いた二六七万三二一六円を一般経費として認めるが、特別経費たる地代家賃については否認する。

5  所得税法上、ある年分に債権の貸倒損失が生じたとしてその額を当該年分の所得金額の計算上必要経費に計上することができるためには、債権者が債権回収のため真摯な努力を払つたにもかかわらず、客観的にみて回収の見込がないことが確実となつたことを要し、約束手形等が「預金不足」あるいは「取引なし」等を理由に不渡となつたとしても、そのことから直ちに当該手形債務者が客観的に支払不能の状況にあつたものと推認することはできず、その手形債務者に対する債権回収の見込のないことが確実となつたということはできない。しかも、原告の主張によれば、債務者東大阪清水建設株式会社及び有限会社小谷工務店は、その各代表者が本件係争年以後の昭和五六年三月ころに行方不明となり、その後になつて右各会社が倒産したため回収不能となつたというのであるから、右各債務者に対する債権回収の見込のないことが確実となつたのは、早くとも昭和五六年三月以降といわざるを得ない。したがつて、原告主張の各債権は、本件係争年中に回収不能となつたということはできず、これを本件係争年分の必要経費に計上することはできない。

七  被告の再主張に対する原告の認否及び再反論

1  被告の再主張中、原告の簡易帳簿に石原産業株式会社に対する六万二九〇〇円の売上についての記帳漏れがあつたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

2  原告が、上田忠男から受領した工事代金三三万円を売上として計上していないのは、原告がこの仕事の注文を材料の調達等をも含めてそのまま野村という職人に回すいわゆる「丸投げ」をしたものであり、原告自身はこの仕事に全く関与しておらず、何らの利益も得ていないからである。

3  また、浜中正直から受領した計一三万五〇〇〇円は同人に対する貸金の返済金である。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  次に、原告は、本件処分は、違法な税務調査手続に基づくものである旨主張するので、この点について検討する。

1  証人橋本博吉、同小林美智子の各証言(但し、証人小林美智子の証言中、後記信用しない部分を除く。)及び原告本人尋問の結果(但し、後記信用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被告の部下職員である橋本博吉(以下「橋本」という。)は、原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税に関する調査のため、昭和五六年九月九日、原告方に赴いたが、原告不在であつたため、原告からの要望に従い、同月一六日に再び原告方に臨場した。その際、橋本は、原告に対し、申告された所得金額が正しいか否かの確認のための調査をする旨を告げて事業内容等について説明を求めたが、間もなく堺東民主商工会の事務局員が調査現場に来場し、さらにそのあとすぐ七人の同会会員が来場して口々にどこが間違つているのか具体的な調査理由を述べるよう要求したため、橋本は、この状態で調査を続行することは守秘義務違反、税理士法違反のおそれがあると判断し、原告に対し、その旨を説明し、第三者を退席させるよう何度も要請したが、原告がこれに応じなかつたので、やむを得ず、調査を中止して帰つた。

(二)  その後、橋本は、同月二四日の午後二時ころ、原告方を訪れ、原告に対し、原告の青色申告の記帳内容の確認及び申告所得金額の確認調査のために帳簿書類等を見せて欲しい旨伝えたが、原告は、具体的な調査理由を明らかにしない限りは帳簿書類は、見せられないと言い、橋本の再三の説得、説明にも納得せず、三、四〇分押問答を繰り返したが、調査が進展しそうもなかつたので、橋本があきらめて帰ろうとしたところ、原告は、態度を改め、昭和五三年分の大学ノート、昭和五四、五五年分の収支日計式の簡易帳簿のほか昭和五五年分の請求書の控及び不渡手形を橋本に提示した。そこで、橋本は、不渡手形に目を通した後、昭和五五年分の請求書の控を日付順にその日付と金額とを書写し始めたが、約一〇分後、一月分から始めて九月分くらいまで書写した時になつて、原告から、急用のため調査を中止して欲しい旨言われたので、原告に対し、帳簿類を預らせてほしい旨申出たが、拒否された。

(三)  橋本は、さらに、昭和五六年一〇月八日、原告方に赴いたところ、原告は、テープレコーダーを作動させながら再び調査理由を明らかにするよう求めたが、結局は、橋本の要請に応じ、テープレコーダーを止め、帳簿書類を橋本の面前に持つてきたものの、見せることは見せるが書写することは許さないという態度に出た。これに対し、橋本は、見るだけでは到底十分な調査が出来ない旨説明し、翻意を促したが、原告が書写するのであれば絶対に見せないという態度を変えなかつたため、このままでは調査が進展しないので反面調査に移行せざるを得ないかも知れない旨を原告に伝え、帰つた。

(四)  その後、橋本は、同月一六日、原告に対し帳簿書類を検査できるよう堺税務署まで持参してほしいとの内容の注意書を発送したが、原告の方からは、同月末ころにもう勝手にすればよいという旨の電話連絡を受けたのみで、結局、帳簿書類の提示はなされなかつた。

以上の事実が認められ、証人小林美智子の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右1で認定した事実によると、本件の税務調査手続に何ら違法な点は認められないうえ、被告が、原告の帳簿等の記載の正確性及び確定申告の内容の真実性を吟味、確認し、その調査結果に基づき、原告の係争年分の所得の実額を算出することが不可能であつたことは明らかであるから、推計による課税処分の必要性があつたというべきである。

三  そこで、原告の昭和五五年分の所得金額について検討する。

1  原告がタイル貼り工事業を営むものであることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告の営業形態は、従業員を雇用せず、原告が注文先である工務店等からタイル貼り工事の依頼を受け、積算し見積りをしたうえ、材料を購入し、工事に必要な職人を手配、確保し、その職人に指示を与えてタイル貼り工事をさせ、注文先から工事代金を集金して職人に手間賃と現場へのガソリン代等を支払うというものであつて、右注文先から支払を受ける金額が売上金額に、タイル貼り工事のための諸材料の購入代金額が売上原価に、右職人への支払額が外注費に相当するものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  売上原価

原告の昭和五五年分の売上原価が別表四記載のとおり一七一九万一四五三円であることは当事者間に争いがない。

3  売上金額及び外注費

(一)  証人西岡達雄の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一ないし第五号証の各一、二に弁論の全趣旨を総合すれば、被告の指定代理人であつた西岡達雄は、原告の売上金額及び外注費を実額で把握することができなかつたため、推計によりこれを算出するについて必要な同業者を選定するにあたり、原告と営業種目、営業地域、事業規模等の類似性を担保するため、原告の事業所の所在地を管轄する堺税務署及びこれに隣接する住吉、八尾、富田林、泉大津の各税務署の署長に対し、大阪国税局長の一般通達に基づき、タイル工事業を営んでいる個人であり、それ以外の事業を兼業していないこと、前記各税務署の管轄内に事業所を有し、青色申告書を提出していること、昭和五五年分の売上原価が同年分の原告の売上原価である一七一九万一四五三円の約二分の一に当る九〇〇万円から約一・五倍に当る二五〇〇万円までの範囲内であること、事業専従者給与を除き給料賃金の支払をしていないこと、年間を通じて事業を継続して営んでいること、不服申立又は訴訟係属中でないことという基準のすべてに該当する同業者の所得税青色申告決算書に基づいて、各同業者の昭和五五年分の売上金額、売上原価及び外注費を記入した同業者調査表の作成、提出を求めたところ、大阪国税局長に対し、堺税務署長から一件、住吉、八尾、富田林の各税務署長から各二件ずつの合計七件の同業者調査表が送付されたこと、右調査表に基づいて同業者七名の売上原価率及び外注費率の各平均値を算定すると、別表三記載のとおり、前者が三五・四五パーセント、後者が三七・〇三パーセントとなることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、原告の所得を推計するための同業者売上原価率、同業者外注費率を算出する目的で被告が選定した同業者七名の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、業態、事業規模の近似性等の点で、同業者の類似性を判別する要件としては合理的なものであり、右同業者の選定にあたつて被告の恣意が介在する余地は認められないうえ、右各同業者は、いずれも一年間を通じて事業を継続する青色申告者であつて、その申告が確定していることから、右同業者の売上原価、外注費等の算出根拠となる資料は正確性の高いものであり、かつ、選定された同業者数は七件であつて、同業者の個別性を平均化するに足る件数であると考えられる。

(二)  原告は、原告がタイル貼りの技術を有せず、自らタイル貼り工事に従事することができないため、すべての工事を外注に出すという事業形態であつて、他の同業者に比べて外注費率が高くなるのに、本件の推計方法は、このような原告の業務内容の特殊性を考慮していないから、合理性を欠く旨主張し、原告本人尋問の結果によれば、原告は、タイル貼り工事業を独立して始める前にはタイル貼り工事業者方に勤務していたが、営業を担当していて、タイル貼り職人としての経験がなく、その技術を有していないので、受注したタイル貼り工事はすべて外注に出していたことが認められる。

しかしながら、同業者率による推計の方法が平均値によるものであるときは、同業者間に通常存在する程度の事業内容の差異は捨象されるから、原告の事業内容の特殊性が当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告選定の同業者が、いずれも事業主自らがタイル貼り工事を行つていると認めるに足りる証拠はなく、かえつて、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一二号証及び証人西岡達雄の証言によれば、一般的にタイル貼り工事業者の中にはタイル貼りの職人が独立した場合のほかにタイル貼り工事業者の営業担当者で、タイル貼り職人の経験のない者が独立した場合が含まれており、また、原告と同程度の事業規模で、従業員を雇用していないタイル貼り工事業者にあつては、事業主がタイル貼りの技術を有する場合であつても、工事の注文取り、仕事の段取、材料の運搬、工事現場の見回り、工事の指揮、監督、集金等の業務に忙殺され、自身でタイル貼り工事をする時間的余裕がないため受注工事をすべて外注に出す場合もあることが認められるうえ、前記(一)で認定した事実によると、被告選定の同業者の外注費率は、別表三記載のとおり最低二八・二二パーセントから最高四二・八四パーセントまでの範囲に分布しており、平均が三七・〇三パーセントで、原告主張の外注費率(原告主張の外注費の原告主張の売上金額に対する割合)四〇・二七パーセントもその分布の範囲内にあつて、被告選定の同業者中にはこれより外注費率の高い者も二件含まれているのであるから、工事をすべて外注に出すという原告の事業内容が、同業者率の平均値による推計を不合理ならしめる程顕著な特殊事情であると認めることはできない。

(三)  そこで、前記2の原告の売上原価を、右同業者の売上原価率の平均値で除して、原告の昭和五五年分の売上金額を算出すると、別紙計算書1記載のとおり、四八四九万四九三〇円となる。

(四)  これに対し、原告はその売上金額は、別表六記載のとおり、四一六八万五九九五円である旨主張し、証人小林美智子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二、第二号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし七五、証人小林美智子の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、受注した工事を完成したときは、注文主に対し、納品書、請求書を作成交付し、工事代金の支払を受けたときは領収証を作成交付するが、原告の妻小林美智子(以下「美智子」という。)は、原告から請求書の控や領収証の控(甲第四号証の一ないし七五)を受取り、これに基づいて、日時、注文主、売上金額等を記帳して収支日計式簡易帳簿(甲第二号証)を作成していたものであり、右簡易帳簿の記載により、別表六と同一内容の昭和五五年分売上金額合計四一六八万五九九五円とする売上の月別集計表(甲第一号証の二)を作成したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、原告が所得の実額を主張して、被告の推計の合理性を争うには、単に収入及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ経費の額がその収入と対応する経費であることも立証しなければならないというべきであるから、本件で、右帳簿等から、原告の係争年分の総売上金額を把握することが可能か否かについて検討する。

前掲甲第二号証、第四号証の一ないし七五、証人小林美智子の証言を総合すれば、美智子は、原告から請求書控や領収証控を受領する都度帳簿に記載するのではなく、これらの書類を一か月程度度溜めておいて、暇な時にまとめてその内容を簡易帳簿に記載していたもので、日々の帳簿上の残高と現金残高の照合も決算時における簡易帳簿の記載内容と基礎資料との照合も一切行つていなかつたこと、昭和五五年分の領収証控(甲第四号証の一ないし七五)の領収金額の合計は三八七三万四一三五円で、簡易帳簿(甲第二号証)に記載された売上金額中かなりの額について領収証控等の基礎資料が存しないことが認められ、右事実によれば、記帳の方法からみて書類の紛失や記帳もれの可能性を否定できないうえ、その記載内容自体の正確性についても疑問の余地なしとしない。

さらに、成立に争いのない乙第九号証、証人小林美智子の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証の一、二及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、工事注文主の石原産業株式会社に対し、昭和五五年四月二〇日付で工事代金六万二九〇〇円の請求書を交付し、同年七月一一日に右会社から右代金六万二九〇〇円の支払を受けて領収証を作成しているのに、その領収証の控は現存せず、簡易帳簿に右売上金額の記載がなされていない(右記帳もれの事実については当事者間に争いがない。)こと、原告は、工事注文主の上田忠男から同年八月一一日にタイル工事代金として三三万円を銀行振込によつて支払を受けたが、簡易帳簿には右売上金額の記載がないこと、原告は、昭和五五年当時別表六記載の売上先のほかに、樋口工務店、貴松園、上田、酒井建装、五十嵐工務店、木村建設、西尾などという売上先から工事を受注して代金を取得していたのに、簡易帳簿にはそれらに対する売上が全然計上されていないことが認められる。原告本人尋問の結果中には、原告が上田忠男から工事代金として受領した三三万円を売上に計上しなかつたのは、この仕事の注文を材料の調達等をも含めてそのまま野村という職人に回すいわゆる「丸投げ」をし、原告自身はこの仕事に全く関与せず、何らの利益も得ていないためである旨の供述部分があるが、原告の主張する外注先に野村は存在しないし、野村からの請求や野村に対する支払を裏付ける書類は存しないのみならず、利益が全くないのに一旦自己が受注し、注文主から代金全額の支払を受けるという取引は不自然であると思われるから、右供述を直ちに信用することはできないし、いずれにせよ簡易帳簿の売上に記載すべき金額を脱漏していたことには変りがないというべきである。

以上のように、原告主張の売上金額算出の根拠とされた簡易帳簿の記載内容は、その記載事項の正確性について疑問があるうえ、売上金額中の相当額の脱漏があつて、総売上金額を網羅するものではないと認められるのであるから、原告主張の売上金額を原告の昭和五五年分の総売上金額と認めることは到低できない。

したがつて、原告の売上金額の実額の主張は、推計による所得金額の算定が合理性を欠くことについての反証とはなりえないものというべきである。

(五)  次に、前記(三)の原告の売上金額に、被告が選定した同業者の外注費率の平均値を乗じて原告の昭和五五年分の外注費を算出すると、被告の主張と同じく、別紙計算書2記載のとおり、一七九五万七六七二円となる。

これに対し、原告は、外注費は、別表七記載のとおり、一六七八万六七六七円である旨主張するが、被告主張の右推計による外注費の金額が原告主張金額を上回つているのであるから、原告の昭和五五年分の外注費を原告に有利な右推計による金額と認めるのが相当である。

4  一般経費

被告は、原告が審査請求時に申立てた金額であるとして一般経費を二六九万八二九円と主張するのに対して、原告は一般経費を別表五の経費欄(1)ないし(14)記載のとおり、二九四万九二一六円と主張するが、右の金額中には地代家賃二七万六〇〇〇円が含まれているところ、地代家賃は特別経費として被告主張の一般経費中には含まれていないから、原告主張の経費額からこの分を差引くと、二六七万三二一六円となつて、むしろ被告の主張額を下回わることが明らかである。したがつて、原告に有利な被告の主張額二六九万八二九円を原告の係争年分の一般経費と認めるのが相当である。

なお、右地代家賃については、原告は、その支払先、対象物件、契約内容等の具体的な主張、立証を一切しないから、これを経費として所得金額算定の基礎とすることはできないというべきである。

5  貸倒金

原告は、貸倒金として二九三万九八〇〇円を主張するので検討する。

所得税法上、ある年分に債権の貸倒損失が生じたとして、その額を当該年分の所得金額の計算上必要経費に計上することができるためには、その年中に債権の弁済期が到来し、かつ、その年中に、債務者において、破産もしくは和議手続の開始、事業の閉鎖あるいは廃止、刑の執行、債務超過の状態が相当の期間継続し他から融資を受ける見込もなく事業を再建する見通しがないこと、その他これらに準ずる事情が生じ、客観的にみて債務回収の見込のないことが確実となつたことを要すると解するのが相当である。

これを本件についてみると、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一ないし四及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和五五年五月一三日、東大阪清水建設株式会社から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、原告の振出にかかる同年一〇月三〇日を支払期日とする額面一〇〇万円の為替手形に同社の引受を受け、これを他に裏書譲渡したが、同社から三か月程度の期限の猶予を依頼されたのでこれを承諾し、同日右手形を裏書先から買戻して依頼返却を受けたこと、原告は、同年五月三〇日、大建建設株式会社から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、同社振出にかかる同年一一月一〇日を支払期日とする額面六四万円の約束手形の交付を受けたが、右手形は同日、「取引なし」との理由で不渡りとなつたこと、原告は、同年六月二五日、前記東大阪清水建設株式会社から、同社の原告に対する買掛金債務の支払のために、原告振出にかかる同年一一月三〇日を支払期日とする額面七九万九八〇〇円の為替手形に同社の引受を受け、これを他に裏書譲渡したが、同社が和議開始の申立をしたため、右手形は同年一二月一日に「和議法第二〇条第一項による財産保全処分中」との理由で支払を拒絶され、その後同社は、結局、和議開始決定を得られないまま、昭和五六年三月ころ、代表者が行方不明となり、破産宣告を受けたこと、原告は、昭和五五年八月三〇日、有限会社小谷工務店から、同社の原告に対する買掛債務の支払のために、同社振出にかかる同年一二月五日を支払期日とする額面五〇万円の約束手形の交付を受けてこれを他に裏書譲渡したが、同社から一、二か月の期限の猶予を依頼されてこれを承諾し、同日、右手形を裏書先から買戻して依頼返却を受けたところ、昭和五六年三月ころ、同社の代表者が行方不明となつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠は存しない。

右事実によれば、原告が、東大阪清水建設株式会社、有限会社小谷工務店から取得した各手形による債権の回収の見込のないことが客観的にみて確実となつたのは、昭和五六年になつてからのことであると認められるから、右各債権を昭和五五年分の貸倒金として処理することはできないというべきである。

また、原告が、大建建設株式会社から取得した手形による債権についても、昭和五五年一一月一〇日に手形が不渡となつたことだけから直ちに債権回収の見込がないことが確実となつたものと認めることはできず、他に大建建設株式会社の不渡当時における営業状態、資産、負債の状況及び原告が債権回収のために何らかの措置を講じたことなど同年中に同社が支払不能の状態に陥つたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右債権が昭和五五年中に回収の見込がないことが客観的にみて確実であつたと認めることはできない。

6  事業専従者控除

原告の昭和五五年分の事業専従者控除額が四〇万円(所得税法五七条三項の法定額)であることは当事者間に争いがない。

7  原告の事業所得金額

以上の次第で、原告の昭和五五年分の事業所得金額は、売上金額四八四九万四九三〇円から、売上原価一七一九万一四五三円、外注費一七九五万七六七二円、一般経費二六九万八二九円を控除し、さらに事業専従者控除額四〇〇万円を差引いた一〇二五万四九七六円となる。

四  よつて、本件処分は、原告の右事業所得金額の範囲内でなされたものであつて、適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 及川憲夫 裁判官 村岡寛)

別表一

〈省略〉

別表二

〈省略〉

別表三

〈省略〉

別表四

仕入金額

〈省略〉

別表五

月別総括表

昭和55年分堺東民主商工会

〈省略〉

別表六

売上金額

〈省略〉

別表七

外注費

〈省略〉

計算書

売上原価 売上原価率 売上金額

1 17,191,453(円)÷0.3545(35.45%)=48,494,930(円)

売上金額 外注費率 外注費

2 48,494,980(円)×0.3703(37.03%)=17,957,672(円)

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